とおっしゃる方がいます。
この方は願書の入学動機も母親が書いたのを見本として、子供に写させるほうが時間の無駄がないとも。
確かにそのほうが日本、海外限らず、大学の合格率は上がるのかもしれません。
しかし、何のための大学なのか?ということを考えたら、中高時代、
「人間関係や、自分で考える思考能力を切り捨てたら、テストだけできるロボットのような人間が出来上がってしまう。」
と心配になるのは私だけでしょうか?
人生の目的は、こころ豊かに幸せに暮すこと、だとしたら、人間関係をうまく構築することや、自分で考えて決定していくことは欠かせません。
子育てとは、子供が自立できるようにしてあげること。
そういう観点からみたら、母親がいなくちゃ願書も書けない人間では、社会でどうやって生きていけるのか心配になります。
少なくとも、アメリカの大学では、入学ができたとしても、大学に母親が付き添うわけにはいかないので、意見を書かなきゃいけないテストで良い成績をとることができず、結局は落第して卒業ができないでしょう。
運良く卒業できたとしても、社会に出てから、コミュニケーションで苦労することになりそうです。
どんな仕事も、他の人との関わりなしでは成り立たないのですから、学歴はあっても、仕事ができない人間になる心配があります。
また、中高時代、異性との関わりを遮断して、適齢期になったからといって、やれ早く結婚せよ、という母親はどこか間違ってませんか?
母親が子供の思春期に異性との付き合いを無理矢理封じ込めておいて、後に、
「ちっとも結婚する気がなくて困っています。」
とはよく聞く話。
アメリカのボーディングスクールでは、スポーツもさせるし、集団生活で、通学生よりも、人間関係の問題でサバイバルしていかねばなりません。 奴隷のように奉仕してくれる母親とは切り離されるのです。
ボーディングスクールでの生活は、こういった親の害から切り離すことも、とても意味があるのかもしれません。
大川 淳子
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